プロローグ:嘆息の水辺
けんかの原因なんて忘れてしまった。
たぶん些細な、本当にどうでもいい事だったのだろう。
(酷いよ、あそこまで言うなんて……)
ともちゃんとは幼稚園の頃から一緒だった。
家も近所で気が合って何でも話せる友達だった。
なのに、何でこんな事になってしまったのか。
(修学旅行、楽しみにしてたのに…)
3日前から口もきいてない。
同じ班だけに余計に辛い。
明日の自由時間だって一緒に何処行こうかって、話してたんだ。
こうして夜中に一人、宿を抜け出して海を眺めてるなんて思いもしなかった。
先生にばれたら大目玉だろうなぁ。
でも、いいか。どうでも。
今以上に悲しいことなんてないから。
星空がとてもきれいで泣きそうになる。
波の音が心地いい。
(明日…どうしようかなぁ……)
砂浜から突き出した小高い岩の上で、膝を抱えて私は嘆息した。
……………………
…………
(…………あ…)
いつの間にかウトウトしていた。
(いけない…風邪引いちゃう…)
頭を振って眠気を覚ます。
半分ぼやけた視界の隅に何か瞬く気配がした。
砂浜を見下ろすと何となくチカチカとしているようにも思える。
近付こうとして思いとどまったのは1年前の経験からだった。
あの、妖精達との一夜の騒動。
彼等(彼女等?)に逢いたいとは思うが、あんなトラブルはもうごめんだ。
世の中には触れてはいけないことがある。
キラキラは程なく収まった。
再び私は思索に堕ちる。
(私が、悪いのかな…)
分かっている、どちらが悪いという話じゃないのは。
(ごめんなさいって、言おうかな…?)
何回も考えたことだ。
でも、目の前にすると言えなくなってしまうのだ。
(明日…どうしようかなぁ……)
堂々巡りになってきた。
もう帰ろう。
ちょっと寒いし。
鬱々とした気持ちを振り払うように勢いをつけて立ち上がった。
その瞬間、ガーンと何もないはずの空間に頭をぶつけたのだった。
(……!!………!?)
へろへろとしゃがみこむ。
何にぶつかったのか、などと考える間もなく、さらに何かが降りかかってくる感触。
混乱した私は逃げの体制で顔をそらしたまま闇雲に手を振り払っていた。
手先にまとわりつくような、何かが触っているような奇妙な感覚。
じきに辺りが密度が高くなるような重たい感じに包まれていく。
引き込まれるような力を全身に感じて上下左右が分からなくなった。
(これって……これって、またなの? またなの……? もうやだよぅ…)
祈りもむなしく堕ちていくのだった。
落ち着いたときには真っ暗な中にいた。
もと居た海岸じゃない。
方向感覚が曖昧で地面もいまいちよく分からない。
(ここ、何処よぅ。誰もいないの…?)
1年前と同じ様な展開に悲しくなる。
とりあえずじっとしていても始まらなかった。
「だれかぁーーー! いませんかぁーーーーー!」
呼びながら歩いてみるが反応は返ってこない。
(どうしよう、誰もいないよぅ)
不安に押しつぶされそうになりながら歩いていく。
ふと、遠くに誰かいるのに気付いた。
近付くにつれて輪郭がハッキリしてきた。
人じゃないよね。
でも、変な表現だけど人型ではあるみたい。
さらに近付いていく。
膝を抱えてうつむいている。
感じでは幼い女の子みたいだ
前まで行くと顔を上げた。
ドキッとした。
耳とか目とか小動物っぽくて、人間の女の子とは違った可愛らしさがあった。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
迷いながらも話しかけていた。
このままでは何ともならないんだ。
「…!」
その子はビクッとしてそのまま固まってしまった。
あとは泣きそうな顔をして体が逃げていくばかり。
驚かせてしまったかな?
「ごめんね、驚かせちゃった? 何もしないよ、安心して」
両手を広げて見せるが震えるばかりで埒が明かない。
(困ったな、何か聞くどころじゃないよ…)
でも何とかしなくちゃ、ここが何処だか分からないし。
「ここって何処か知ってる? おねえちゃん迷子になっちゃったみたいなんだ…」
そこまで言った時、物音がした。
(後ろ…?)
背後に気配を感じた瞬間、ガツンと衝撃を受けて前のめりに倒れる。
(ぐ…ぐぁぁ…)
頭がグラングランして目も開けられない。
はーっ、はーっと息を整えてどうにかゆるゆると頭を上げる。
(なんなのよう……)
ぼんやり見えるようになった目の前には……
新たに現れた一人がその女の子を背後に守るように立ちはだかっていた。
(……兄妹?)
体格と雰囲気からそんな印象を受けた。
「”#$%&!」
後ろからの声(?)に振り向くと、別の一人が銃みたいなものを構えて駆け寄って来ていた。
ゾッとした。
これじゃ、まるで私が襲ってるみたいじゃないか。
「や、いや…違う、助けて………助け……あうっ!」
必死の主張もむなしく発射された何かに貫かれてしまう。
(うぁ………ひどいよ……)
走馬灯が見えるって……本当だったんだ…
きれいだなぁ……
………
気が付くと白くて丸い部屋にいた。
ここは天国なのだろうか。
私は隅のベッドに寝かされているようだった。
起き上がろうとして気付いた。
体がビリビリしていまいち自由が利かない。
向こうに誰かいる。
一人が気付いて近付いてきた。
さっき私を撃った人だった。
何かされる!?
逃げようとしたけど体が痺れて動けなかった。
(いやだぁ…助けてよぅ…)
「”#$%&?」
言葉が分からないのがさらに不安をあおる。
(いやあぁぁ……)
おびえる私を見て、その人が気付いたように手元の機械をいじった。
「大丈夫だったかな?」
(………?)
一瞬思考が止まる。
「すまないね、手荒なことをしてしまって」
一気に気が抜けた。
涙が出そうになった。
「死ぬかと…思いました…」
さすがに声が震えていた。
「すまん、ウチの子が襲われてるように見えたもんでね」
少し落ち着いたところでやっと話が出来るようになった。
「でも、こいつが悪いんだよ」
後ろから小さなお兄ちゃんが顔を出す。
「ミユが怖がってたじゃないか」
さらに後ろで隠れている影がある。
さらに小さな妹がこわごわこちらをのぞき込んでいる。
「うん、お前はよくやった。悪くないぞ」
お父さんはお兄ちゃんの頭をなでた後、私に向いて言う。
「詳しいことは後で話そう。今は休んでいてくれ」
確かにそうしたかった。
「痺れは段々取れてくるだろうから。頭の怪我も大した事なさそうだし」
「あ……」
後頭部には大きなこぶができていた。
お兄ちゃんがバツの悪そうな顔をしていた。
「詳しく、話そうか」
少し休んで痺れも取れたところでお父さんが口を開く。
「実は、3人で旅をしていてね…」
話を要約するとこういう事だった。
父と幼い兄妹は故郷の星を離れて星々を旅している。
地球の妖精じゃなかったのだ。
突飛な話だったが目の前にしては信じるしかなかった。
1年前の経験で受け入れる準備は出来ている。
ただ、旅の理由は教えてくれなかった。
お母さんはどうしたんだろう、と思ったけど聞けなかった。
今回の事故はやはり私が原因らしかった。
宇宙空間を旅するには別次元の空間を利用するらしく、
それには大きなエネルギーが要るそうだ。
私がぶつかったのはそのエネルギー庫だったらしい。
ぶつかって漏れ出したところに、さらにかき回したものだから
暴発して別次元の空間に入り込んでしまったそうだ。
つまり偶発的とはいえ私が原因だってことだよね。
「お互い、落ち度が無かった訳じゃない。協力してくれるね」
うなずくしかなかった。
脱出についてはエネルギーが要る、とのことだった。
技術的なことはよく分からないが、使うエネルギーというのは星の力なのだそうだ。
星の力には3種類あって、別々に集めたそれを合成することで使えるようになるらしい。
ただ今回は始めから集める必要はないと言っていた。
今まで集めていた蓄えは暴発で大分消えてしまったが、全部なくなったわけではない。
残りは衝撃で飛び出してこの空間内にばらまかれているので、それを回収すれば事足りる。
ただし長く放置されていると分散して消えてしまうらしいので時間制限はある。
時間内に回収用の船を出して集めて回ればいいということだ。
「ただ…本船の整備が必要なんだ。衝撃でバランスが狂っているから」
お父さんは言った。
「色々考えると時間はあまりない」
とも言った。
つまり自分が回収に回って本船の整備もする、というのは苦しいということだ。
沈黙が流れる。
ミウちゃんが不安そうに視線をめぐらす。
「…僕が行く」
お兄ちゃんが決心したように言った。
「クウは休んでなさい。まだ無理だ」
「やだ、僕が行く。集めてくる」
「クウ一人じゃ操縦は無理だ」
「やだ、行く」
お父さんが何と言っても聞き分けそうもなかった。
堂々巡りだった。
「あの、私が一緒に行けばいいんですか」
一生懸命さにほだされたわけではないが、そうするのが自然というか筋だと思った。
事故の責任も感じていたから。
お父さんは一瞬驚いたふうだったが、ふむ、と言って考え込んだ。
「なるほど…それはいいかもしれん…」
クウお兄ちゃんが少し呆けて私を見ていた。
討議の結果、私とクウお兄ちゃんがエネルギー回収に行くことになり、
お父さんが本船の調整、ミウちゃんがその手伝いということになった。
「よろしくね」
「…うん」
お兄ちゃんは少しくすぐったそうだった。
準備が終わり出発しようというとき、ミウちゃんが寄って来た。
クウお兄ちゃんの裾を引き見上げて言う。
「ママに会えなくなっちゃうの?」
ママ、と言った。
やっぱり何かあったんだ。
「大丈夫だ、心配すんな。今まで嘘ついたことなんてないだろ」
「うん」
クウお兄ちゃんの言葉にミウちゃんがすこし安心したように笑った。
「ちゃんとやるんだぞ」
エネルギー回収船に乗り込んでからクウお兄ちゃんが言う。
「ミウを泣かすような事したら許さないからな」
私を見上げる真っ直ぐな瞳。
思わずギュッと抱きしめていた。
「大丈夫、お姉さんに任せなさい!
絶対、帰してあげるからね!」
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